「なぜ、あの人にはいつも強力な味方が現れるのか」
ビジネスの現場を見渡してみると、不思議な現象に出くわすことがある。決して社歴が長いわけでも、圧倒的なカリスマ性があるわけでもないのに、なぜか重要な局面で多くの同僚や他部署のキーパーソンから協力体制を得られる人間がいる。彼らの周りには常に人が集まり、プロジェクトはスムーズに推進していく。
一方で、実力があり、誰よりも遅くまで机に向かって泥臭く成果を出しているにもかかわらず、孤軍奮闘せざるを得ないビジネスパーソンも存在する。「自分はこれだけの実績を残しているのに、なぜ周囲は助けてくれないのか」と不満を抱くその姿は、かつての私自身そのものでもあった。
この決定的な違いは何なのだろうか。多くの人は「コミュ力」や「愛嬌」といった曖昧な才能に帰結させがちだが、それは本質を見誤っている。協力者を増やす人々は、人間の心理と社会的メカニズムを無意識あるいは意図的にハックしているのだ。その最たる武器が、今回解説する「他者の功績を公の場で称賛する」という技術である。
「利己主義」の限界とゲーム理論が明かす真実
経済学や行動科学の領域において、人間関係のダイナミズムを解き明かす強力なツールが「ゲーム理論」である。ゲーム理論の古典的なモデルである「囚人のジレンマ」を想起してほしい。お互いが裏切り合って自分の利益だけを追求すれば共倒れになるが、お互いが協力し合えば最大の利益を得られるという状況だ。
ビジネスパーソンの多くは、このゲームにおいて「自己アピール」という名の裏切りを繰り返している。会議の場で「私がこのプロジェクトを成功させました」「私の提案がこの数字を作りました」と、自分の功績をアピールすることに必死になる。短期的には、それは個人の評価を高める特効薬に見えるかもしれない。
しかし、組織社会学の知見によれば、この「自己アピール偏重主義」は中長期的に致命的なシステムエラーを引き起こす。人間は本能的に、自分の承認欲求ばかりを満たそうとする人間に対して警戒心を抱くからだ。心理学でいう「返報性の原理」は、好意だけでなく敵意や警戒心にも働く。自分が矢面に立って手柄を独り占めしようとする者の周囲からは、人が離れていくのは当然の摂理である。
組織社会学における「互恵性(リシプロシティ)のネットワーク」の研究では、持続的に成果を上げる組織において、メンバーがどのように信頼関係を構築しているかが詳細に分析されている。そこで導き出された結論はシンプルだ。「まず他者の価値を認め、それを外部に還元する人間が、結果として最大の社会的資本(ソーシャル・キャピタル)を獲得する」ということである。
会議室の主役を「他者」にスライドさせる技術
では、具体的に「他者の功績を公の場で称賛する」とは、ビジネスの現場でどのように実践すればよいのだろうか。多くの人が犯す間違いは、個人的なチャットやエレベーターの中といった「閉じた空間」でこっそり褒めることだ。もちろんそれも悪くはないが、協力者を爆発的に増やす効果はない。
称賛のレバレッジを最大化するためには、必ず「公の場」で行う必要がある。ここで、商社で働く30代半ばのマネージャー、佐藤の事例を見てみよう。
佐藤は、新規クライアントとの大型契約を取り付けた際、全社朝礼の場が与えられた。通常のビジネスパーソンであれば、「この度、私が奔走し、このような大きな契約を勝ち取りました」と語るところだ。しかし、佐藤のフレーズはまったく違っていた。
「今回の契約は、ひとえに開発部の田中さんが、こちらの無理な納期要求に対して不眠不休で仕様書をブラッシュアップしてくれたおかげです。そして、法務の鈴木さんがリスクを恐れず、最短で契約書のリーガルチェックを通すスキームを提案してくれた。彼らのプロフェッショナルな仕事がなければ、私の交渉などただの絵に描いた餅でした」
この瞬間、朝礼の空気が変わった。名指しされた田中や鈴木だけでなく、その場にいた他の社員たちも佐藤を見る目が明らかに変わったのである。佐藤は自分の手柄を人に譲ったように見えるかもしれない。しかし、ゲーム理論の観点から言えば、これは極めて高度な「先手必勝の投資」である。
「公の場の称賛」がもたらす3つの莫大なリターン
なぜ、他者の功績を公の場で称賛すると、自分に何倍ものリターンとなって返ってくるのか。そこには明確なメカニズムが存在する。
- 1. 称賛者の「器の大きさ」が証明される
自分の手柄を主張する人間は、どこか器が小さく、他者から奪い取ろうとしている印象を与えかねない。しかし、他者を称賛する人間は、「自分の成果に依存しなくても、実力で勝負できる自信がある」「組織全体の勝利を俯瞰できている」という圧倒的なリーダーシップと余裕を感じさせる。これが、無意識のうちに周囲の尊敬を集める。 - 2. 心理的安全性と「強烈な恩返しバイアス」の発生
人間は、大勢の前で自分の存在や努力を認められたとき、強烈な承認欲求が満たされると同時に、「この人のためなら、次に何か困ったことが起きたときは身を粉にして働こう」という心理的債務感(恩返しバイアス)を抱く。これが、将来の強力な協力者を生み出す源泉となる。 - 3. 「情報のハブ」としてのポジション確立
他者の仕事の細部を観察していなければ、公の場で具体的な称賛はできない。「誰がどこでどのような価値を生み出しているか」を正確に把握し、それを言語化できる人間は、組織内の情報ハブとなる。結果として、あらゆる部署の情報が集まるようになり、社内政治においても圧倒的な優位性を築くことができる。
明日から使える「称賛のフォーミュラ」
「そうは言っても、わざわざ人の手柄を大々的に褒めるのは気恥ずかしい」「狙っているように見えやしないか」と躊躇する読者もいるかもしれない。だが、恐れる必要はない。称賛は感情の吐露ではなく、洗練されたビジネススキルである。
明日からの会議や、定例の進捗報告会で以下の「称賛のフォーミュラ」を実践してほしい。
【ステップ1:ファクト(事実)の特定】
誰が、どのような具体的な行動によってプロジェクトに貢献したかという事実を、客観的なデータやエピソードと共にメモしておく。
【ステップ2:インパクト(影響)の言語化】
その行動が、チームや全体最適においてどのようなポジティブな影響をもたらしたかを言語化する。
【ステップ3:パブリック・シェア(公表)の実行】
できるだけ多くのステークホルダーが同席するミーティングの場で、次のように切り出す。
「本題に入る前に、前回の件で共有させてください。〇〇さんのあの時のあの対応がなければ、我々は大きな機会損失を出すところでした。チームを代表して、心から感謝を伝えます」
このアプローチを日常化させた瞬間から、あなたの周囲の風景は一変する。あなたがピンチに陥ったとき、かつてあなたがスポットライトを当てた人々が、何倍もの力を持って盾となり、推進力となってあなたの前に現れるはずだ。
「選ばれる人」とは、他者を蹴落として頂点に立つ者ではない。他者を輝かせることで、結果的に最も輝くポジションを創り出す者なのだ。そのための最初の投資として、今日のミーティングで誰か一人の功績を、思い切って公の場で称えてみることから始めてみてほしい。